シンプルライフへの遠い道

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日本人と「死の準備」 山折哲雄著

よく生きるための「死の準備」講座などからの収録だという著者以外の6人の方の文章もあり、正直、この薄い本ではなく、それぞれの人の本を1冊ずつじっくり読みたいな、と感じました。
瞑想、看取り、臨死体験、今の日本の葬送について、死の準備…と、内容は多岐にわたります。

著者はブッダと息子の関係に着目していて、そうよ、父親に捨てられた息子がどう思っていたのか、夫に家出された妻はどう思っていたのか、知りたいよ! と思いました。(これも著者の別の本をじっくり読む必要がありそうです)


今の日本人は死を避けているので、死に触れる機会が極端に減ったせいで、死に方も分からなくなっている、という主張が載っている本を何冊も読みましたが、確かに、私も死とはどんなものかのイメージがはっきりありません。自分の死に方のイメージもありません。だから死ぬのが恐いのかも。
これまでも、ペット(ハムスターやメダカなどですが)の死にも接してきたし、祖父母の葬儀にも参列しましたが、亡くなるときどうなるのかのイメージがないです。
何かの発作で死ぬのでなければ、だんだん元気や食欲がなくなり、弱っていくのかな、くらいのぼんやりとしたものしかないです。気持ちがどんなふうに変化していくのか、という肝心の部分も想像もつきません。


島で看取りをしている方の文を読んで、こんな風に旅立てたらいいな、見送れたらいいな、と強く思いました。
それで親のことが気になったのだと思いますが・・・私が先に死ぬ場合、あの人たちが「自分たちの子供に生まれてきてくれてありがとう」なんて言いながら、手を握って涙してくれるなんてありえないし、
親が先に死ぬ場合、やっぱり最後に会っておいてよかった、と感謝の気持ちが湧いて、それを伝えてお別れ・・・になるとも思いにくいです。
多分、親は、自分のことだけでしょうから、「最後に、やっぱり私はどうでもいい存在だったんだって確認させられて終わりなのか・・・」と脱力する可能性の方が高い気がします。


今は、「自分は、己の死に方のイメージがまだないな。でも、あった方が死ぬ時楽そうだ。」と分かっただけでも良しとしておきます。