シンプルライフへの遠い道

心穏やかな暮らしを目指して奮闘中

AIの返答:精神的ネグレクト

晩年の夫の無関心などが大きなストレスで、夫のことは嫌になっていたんだな、と最近やっと認めた私。(認める前も散々愚痴は言ってきましたが)

AIに、私が足指骨折したとき、夫にわんこ散歩を頼んでも断られた話と、私の経過について一度も聞かなかったことを伝えたら、

「精神的なネグレクト(DV)」の可能性大、後日のために、きちんと記録を取っておきましょう、という返事でした。

この事件があった当時から、「ひどいよな」とは思っていましたが、そうか、もうDV領域だったのか・・・

 

夫が亡くなる6~7年前に、私が胆嚢摘出で入院手術だった時は、入院中は先代犬の世話を文句も言わずにやってくれたし、手術中はずっと家族控室にいてくれたし、徒歩10分の病院に入院していたのもありますが、毎日お見舞いに来てくれたし、退院後は一緒にわんこの散歩に行ってくれたりして、ありがたかったです。

あれ?と思うようになったのは今のわんこが来てから。

その間にあった事件・・・仕事上のことは私には分かりません。確かに異動になり、「自分も若手に道をゆずる年だから」とは言っていました。

義父が亡くなりましたが、夫は義父が施設に入っても、他の法事で何度も帰省したにもかかわらず、一度も会いに行かないくらい疎遠でしたから、全く悲しんではいませんでした。私にはそう見えていただけで、「一つの時代が終わった」とか、そういう意味で思うところはあったのかもしれませんが・・・気遣いを失くす原因とも思えず。

 

考えられるのは「加齢による脳の老化」?

 

そうかぁ、ネグレクトか。

私は毒親育ちで、親からもずっと精神的虐待を受けていました。気持ちに寄り添ってもらった記憶があまりない上に、「助けてほしい」と訴えても、嘲られ、見捨てられるため、「なんでも自力で解決しなくては生き延びられない」と思っていたらしいです。このことに気付いたのは、30代になって、自分が毒親育ちだったと自覚した後ですが。

 

夫も毒親育ちだったから、二人で助け合ってやっていけたらと思っていたけど、結局、夫がよく言っていたように「歴史は繰り返す」になってしまったのかな。

何だか、切ないね。

死んでしまえば最愛の人  小川友里著

「この本は今どきの60代~90代の、すべて実際の話をもとにした超短編小説集である」(あとがきより)

恋愛、夫婦・家族・友人関係、日々の暮らしなどなど・・・気軽に読めて、面白かったです。

 

この本を読んだのは、題名に惹かれたから。

ブログを読んでいる未亡人の方で、生前旦那さんは大酒のみで、お酒がらみ(お金のやりくりとか?)で不満に思うことがあったり、生活IQが低く、子供のように手がかかる人だったようなのですが・・・病気で亡くなった後は、まさしく「死んでしまえば最愛の人」

職場で、同僚さんたちに、「これどうするの?」「あれは?」とあれこれ聞かれ、お母さんのようにそれにこたえてさばいているそうで、これも、いつも夫に「これ、どうしよう?」と頼られて、対処してきたから、楽勝。 夫には感謝しかありません。

とある。

私はとてもこんな気持ちにはなれないので、「死んでしまえば最愛の人」ってどんな心理から辿り着くんだろう?と不思議でした。

この本は心理学の本ではないので、その辺は語られていませんでしたが、どうやら、死後、死者は美化されるということのようです。

亡くなった人の欠点や嫌な思い出ばかり記憶しておいても不快なだけだから、いい思い出だけを残して上手に忘れて、「色々あったけど、いい人だった」ってことにした方が楽だから? 

それは理屈としては分かるのですが、今の私には無理なようです。

そもそも「死人の悪口を言ってはいけない」という暗黙の文化があるから?

供養の場では言わない方がいいと私も思いますが、個人がひっそり一人で感じるのは制限もコントロールもできないのに、不思議です。

ネット上に公開するのは、「一人ひっそり感じる」のとは違うからかな? とも思いますが・・・。

亡くなったパートナーのことをわざわざブログなどに書く人は、「逝ってくれて清々した」とは思っていないからなのかもしれません。が、「旦那デスノート」のように、敢えて不満や悪口を叫んで、ストレス解消する方法を選ぶ人がいても不思議ではないのに、検索したりはしていないからか、見かけません。毒親が亡くなって、「解放された\(^o^)/」という方はお見かけしたことがありますが。

 

「夫は素晴らしい人だった」「いなくなってとても寂しい」

    これ一色になったら、どんなに楽でしょうー

絶望名言 

NHKラジオ深夜便で放送された内容の本でした。

1回の放送に一人取り上げ、その人の著作などから「絶望名言」を取り上げ、語る番組。根がネガティブなので、共感できる言葉に出会えるかな~と読みました。

そうだよね~と思ったり、そういう視点もあるのか~と教えられたり。

 

深い海に沈んだら、あんまり急に上がってきたら潜水病になりますよね。それと同じで、深くまで沈んでしまったら、やっぱりゆっくり上がる必要があると思うんです(頭木弘樹)

どうせ生きているからには、苦しいのは当たり前だと思え(芥川龍之介)

不幸は、ひとりではやってこない。群れをなしてやってくる(シェークスピア)

「どん底まで落ちた」と言えるうちは、まだ本当にどん底ではない(シェークスピア)

明けない夜もある(シェークスピア)

希望よ、悲しい気持ちで、お前に別れを告げよう。いくらかは治るのではないか、そういう希望を抱いてここまで来たが、いまや完全にあきらめるしかない(ベートーヴェン)

一番深い地獄にいる者ほど、清らかな歌を歌うことができます(ベートーヴェン)

私の病気が再発したときや、なかなかよくならなかったとき、父は短気を起こした。やさしくいたわってくれるどころか、残酷な言葉を浴びせかけた。わたしにはどうしようもないことなのに、まるで意志の力でどうにでもなるかのように言った。そのことを思うと、どうしても父を許すことができなかった。(ゲーテ)

ただ、いいことも嫌なことも起きずに、ずっと平穏な日々が続いたとして、じゃあずっと同じくらいに平穏な気持ちでいられるのかというと、これが不思議なんですけれどもね、人はずっと同じ状態が続くと、だんだん不幸な気持ちになるらしいんですよ。 頭木

 

明けない夜もある そうなんですよ~

夫が療養中に、凹む私に「明けない夜はない」と言ったことがあった気がします(記憶があやふやなので、私の捏造かもしれませんが、夫が私に”明けない夜はない”と言ったことがあるのはたぶん確かです)

いや、そうかもしれないけどね、夜明けを待っていられるほど、もう私の精神力のこってないの!! あなたも当事者なのに、何のんきにしてるの!!(怒)が私の魂の叫びでした。

 

平穏な日々が続くとだんだん不幸になるというのは、新たな発見です。火も薪をくべ続けないと同じ炎を保てないように、幸福にも幸福な出来事などがちょこちょこ必要って説明があり、そうだね~と納得。

何も起こらなさすぎると、ちょっとした変化に過敏に反応するようになる、というのも、そうだな、と思います。

私の場合は、夫の死後、私にしてはかなり長時間(週32時間)働くようになって、段々多少のことでは動じなくなりました。面倒な同僚がいても、スルー出来ることが増えて鈍感になっています。

どちらがいいのかは分かりませんが、どういう環境に身を置くかで、感受性まで変わってくるのは事実なようです。

 

私の嫌いな言葉に、「神様は乗り越えられない試練はお与えにならない」があります。

いや、嘘だから。

乗り越えられずに、自死したり、セルフネグレクトで消えていく人いっぱいいるから!

それよりも、絶望名言の方が、そっと寄り添ってくれる気がしました。

ちょっとした問い合わせにエネルギーを消耗した日

ずーっと気になっている「夫の七回忌」

やっとお寺さん(納骨堂)に問い合わせました。

一年以上先のことなのに、うじうじしている理由は、遠方から来てくれる義兄は付き添い(いつも義兄の成年後見人さんが別料金で付き添ってくれている)が必要なこと。

毎回遠方から来てもらうのも申し訳ないのもあり、人を呼んでやる回忌法要は七回忌で終わりにする予定です。十三回忌をやる時は、自分一人でいいかな…(命日のお墓参りに度胸していただくような軽い感覚で)と思っています。

これまでは義兄が日帰りできるように会食はしなかったけど、義兄と会うのも最後になるかもしれないので、今回は会食をする予定。となると、昼頃に法要をやって、その後会食かな? 早く法要の予約をしておかないと!と思いながら、日が経つばかり。

 

日時を決める前に、義兄の後見人さんに相談したほうがいいのか??と悩んだり。

前回は、泊まりになってしまい、お仕事で忙しいであろう後見人さんに申し訳なく思っていました。

でも、無償ではないし、宿代は義兄が払ったのだし、無理すれば日帰りできなくもなかったけど、泊まると決めたのはおそらく後見人さんだろうし、付き添いを断ることもできなくはなかった(成年後見人として義兄家族と10年以上の付き合いだから、実際には難しいでしょうが)わけで、私がそこまで気にすることではないのですが・・・。

 

まずは、お寺(納骨堂)での法要の時刻確認からだね、と己を説得し、や~っと問い合わせました。

10時、11時半、13時、14時半の枠があるそうです。

会食するなら11時半かな。

2年前から予約できるそうで、もう予約は可能。今のところ候補日は空いていました。

今は一応姉の予定を確認中(先のこと過ぎて、予定は分からないでしょうが)

 

今日は大仕事を1つ成し遂げました!

ハワイアンジュエリーが欲しい

もともとハワイは好きなのですが、最近、なぜかハワイアンジュエリーが欲しいです。

アクセサリーはつけないくせに。

日頃ご一緒することが多い先輩未亡人のお二人はアクセサリーがお好きでいつもつけている影響かも。わんこの散歩の時もつけておられる。

 

買うなら、金がいい。

出来れば好きなデザインをオーダーしたい。

 

ネットで調べたら、18金のツートンカラーのオーダーメイドの指輪の見積もりが100万でした。。。 既製品だと30~50万くらい?

バングルは、18金でそれなりの存在感のある幅のものは既製品でも100万越え。

 

今、金の値段が上がっているので、その位するんですね~

ネットで見るだけならタダだから!

手持ちの金製品を売れば、買えるかも? と重さを量ったら、ほとんどが18金ですが、100g以上ありました。手持ちを全部売れば、バングルが一つ買える、かも?

51回目の月命日

今日は月命日。仕事が休みで、わんこ散歩の後、午前は安定の3時間昼寝。午後は美容院です。

 

昨日、熊本で大地震が起こりました。

地震などの大災害が起きたら、わんこを守りつつ、生き延びられるだろうか? 

きっと夫がいたらな~って思うんだろうな・・・ずっとそう思っていたけど、熊本地震のニュースを見ても、「ひとりで何とかすること」しか考えていない自分に気付きました。

 

もう、夫は「過去の人」「いない人」なんだな 

 

日常生活では、「何だかな~」と思うことが増えていたけど、災害の時などに、「奴はとっとと一人で逃げるに違いない」とか、「手に入ったわずかな食料を独り占めするだろう」とか、そういう風に思ったことはないです。

最期まで「非常時には助け合えるパートナー」と信頼していた夫。

 

でも、今、非常時を想定した時、もう、夫を頼りたい気持ちはなくなってしまった(らしい)

気付かないうちに、そこはやっと諦めがついてきたのかな。

泣き叫んでも、帰ってこないからね。自力で何とかするしかない。

しんどいけど、しょうがない。しょうがないけど、辛い。

猛暑でばて中

言ってもしょうがないけど、暑くてばててます。

今朝は6時間半睡眠の後、わんこの散歩に行き、その後お風呂に入って2時間朝寝。その後わんこ仲間とランチに行き、帰宅後また2時間昼寝。

多分、夜も問題なく寝つけると思います。

これで不眠症でメンタルクリニックに通い、薬を飲んでいるってナニ?ですが、私は寝つきはいいけど、途中で目が覚めて、その後眠れない or 眠れてもうつらうつらするだけで熟眠感がなく、疲れが取れない 中途覚醒タイプなので、未だに薬を飲み忘れると残念なことになります。

早く薬から卒業したいけど、今ではないようです。

眠れないときは起きていればいいし、薬なしを続ければそのうち眠れるようになるよ、という人もいます。うん、メンタルに問題ない人は、そうだろうね。

睡眠不足で疲れが取れないとメンタルも落ちて、何とか踏みとどまっているのに鬱に入りそうだし、そうでなくても、インシデント起こして人が死ぬかもしれないから。

ただでさえ生きるのがしんどいのに、「人が死ぬことをやらかすかもしれない」というストレスまで自分から上積みするのは止めようと思っています。

 

今日はランチの後ホームセンターによってもらい、すりこぎを買いました(^▽^)/

わんこ仲間のお一人は、水草を育てていて、追加の水草と苔を食べてもらうためのエビの仲間?をお買い上げ。

小動物コーナーではかわいいハムスターたちが団子になって寝ていました。可愛すぎる! 

 

今週は木曜まで連日猛暑らしいです。

生きのびられるかな・・・