シンプルライフへの遠い道

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「平穏死」10の条件    長尾和宏著

この本で言う延命治療とは、「不治かつ末期となった患者さんに対して行う医療処置」だそうです。
なので、回復の見込みがある人にやる医療行為や、胃ろうにすれば長期間の生存と生活の質の維持が期待できる人への処置などは別扱いです。

うかつに救急車を呼んで病院に行くと、延命治療フルコース・・・この手の話題について調べると、必ず出てくる話。確かに、病院側からすると、訴訟回避やとにかく生かすことが正しい!という考えやらで、フルコースになるのは分かります。
医療費が膨らむだけで、患者さんが苦しいだけの医療は減らせないのかな。。と思います。
超えなくてはいけないハードルが山盛りですが。

自分と夫に当てはめると、今だと、意識不明になったりしたら、すぐ救急車、ですが、
病院で「人工呼吸器付けますか」と言われたら、悩む・・・。
ケースバイケースなので、今から決めておくことも難しいです。
                              ・・・・ということが分かっただけでも、
                              この本を読んだ意味があったかも。

人の場合も慢性疾患(心臓病、腎臓病など)が徐々に悪化して末期になった場合、どこで治療を止めるのかは判断が難しく、末期がんの方などに比べると、自宅での最期を希望していても、結局は病院で、という人が多いそうです。
わんこの治療でも、悩むだろうな、と以前から思っていましたが、やはりそうらしい。
出来ることがあって、少なくとも末期になる前はその治療で楽になっていたことを、いつ止めるのか。
決められそうにありませんが・・・きっとわんこが「もうここまででいいよ」と教えてくれると思っています。


終末期に、意思表示も難しくなった時にどうして欲しいのかは、元気なうちから時々考えて、ざっくりとでも文章にしておくと、周りが困らなくていいな、と思います。
現実は希望通りにならないかもしれませんが・・・。

義父は認知症で、成年後見人さんがついています。
胃ろうを付けるかどうかが問題になった時、成年後見人さんは立場上、「つけない」を選べないと思います。
親族代表(になっている)義兄が、「つけない」とはっきり主張するとも思えず・・・。
夫は、「どうでもいい(兄や後見人さんで決めればいい。)興味なし。」
以前、「そこまでしなくていいと言っていた」程度では、義父の希望は無視されるでしょう。

法的根拠になる意思表明の方法も整えていかなくてはいけない時代なのだと思います。
これからの少子化、多死社会。法制度も現実に追いついてほしいです。