シンプルライフへの遠い道

心穏やかな暮らしを目指して奮闘中

正しく対処すれば災難は避けられるのか

わんこ仲間やご近所さんに支えられて何とか日々過ごしているのは事実で、とても感謝しています。が、人付き合いが増えると、その分、もやっとしたり、ダメージを食らったり、自分とあまりに思考回路が違う人がいることに改めて驚いたりも多くなります。それで気持ちが波立つこともあるので、程よい付き合いをしたいのですが、バランスが難しいです。

 

昨日、わんこ仲間の一人に、「もっと早く退職していたら、旦那さんは病気にならなかったの?」と聞かれました。

この人は、パートナーがパワハラ被害でメンタルがおかしくなって、数か月休職・転勤したことがある方で、去年夫がうつ病で治療中だったころ(実際には違ったのですが…)よく話を聞いて、励ましてくれました。

が、この質問にどう返せばいいのか、言葉に詰まりました。

「対応を誤ったから発病して、夫は不治の病になったってこと?仮にそうだとしても、もう夫が元気になる見込みがないのに、追い打ちをかけるようなことどうして言うのかな」

 

「上手く対処すれば災難は避けられるはず」⇒「困難な事態は自業自得・自己責任」という今の社会のベースにある考え方をぶつけられた感じがしました。

この人は、自分のパートナーのメンタル不調のことと重ねて、「上手くストレスを避けられたら、病気にならずに済んだのかな」とふと思った程度なのでしょうが…。

私は、夫がもう回復しないこと、いずれ逝ってしまう現実に日々打ちのめされているけど、「他人事」の人にとっては、この程度のことなんだ・・・。

 

幸い、私自身は、夫の病気は何かの努力や気づきで避けられたかも、とは思っていないので、「違うのにな…。でも、相手が納得・理解するように説明する力量も気力もないよ。」で終わることができました。それでも、かなり精神的にダメージを食らいました。

 

ダメージを受けた自分を責めず、「そうだね、きつい一言だったね」と自分に優しく声をかけよう。

自分でコントロールできることの方が少ない中で、自分にできることをやっていくしかないです。

今気になっているのは、次の夫の居場所。病院にしろ、施設にしろ、最終的には私が決めなくてはいけません。その時、「ちゃんと探せば理想に近い場所があるはず。見つからないのは自分の努力不足」などとは思わないようにしよう。

いい場所があっても、空きがあるとは限らない。

いい場所に思えても、夫の体調の変化によっては、「対応不十分で夫が苦しむ場所」になる可能性もある。

 

努力はしつつ、流れやご縁に任せるのがいい。・・・今はそう思っています。