シンプルライフへの遠い道

心穏やかな暮らしを目指して奮闘中

コンプレックスと捨てられないもの

先日、ちらと立ち読みした本に、
 
捨てようと思いながらなかなか捨てられないものって、コンプレックスと結びついていることが多い
 
とありました。
 
知識が少ないことにコンプレックスがあるから、
本や雑誌をなかなか処分できない。
 
見た目に自信がないから、服が捨てられない。
 
 
大いに納得!です。
 
以前は服や基礎化粧品をどんどん買う&捨てられない、でした。
今思うと、母の変な刷り込みも一因で、歪んだコンプレックスがありました。
 
母の教えはこう:
「年相応のおしゃれをしなさい。
 でも、男性にこびる(アピールする)のは駄目。」
 このアピール、別に露出の多いものは駄目ってことじゃありません。
 男性うけするものは駄目ってことです。
 
「親の欲目で見ても十人並みなんだから」
これもよく言われました。
おしゃれでカバーしろ、でも、やりすぎると素が悪いんだからみっともない、って言われ続けました。
 
 
母は、中学生頃までは、私にはお下がりばかり着せて、おしゃれとは無縁の生活(引け目を感じるみっともない格好)をさせていたのに、
高校になったとたんに、
「女の子なんだから、おしゃれもしなくちゃ。」に方向転換。
いきなりおしゃれしろと言われても、何のセンスも育っていないのに、難しい。
で、「あんたはセンスがない。みっともない。」と非難されました。
 
小さな頃から、「女を武器に男性に媚を売るのはみっともない」とよく言っていました。
今思えば、これは母自身のコンプレックス。
この言葉の意味は、
「女性らしい、男性が好むおしゃれをして、かわいく振舞って、男性同僚などにかわいがられること」も悪いこと、ですから。
 
この刷り込みを総合すると、
「恥ずかしくない、年相応のちゃんとした格好をしなさい。
 でも、あまりに女の子らしい、かわいいのも駄目。
 欲目で見ても、せいぜい十人並みなんだから、過剰なおしゃれはみっともない。」
 
小学生時代の服装へのトラウマと合わせて、
自分はみっともない外見だと思い込んでいました。
で、自由になるお金が出来てから、本当に沢山服を買いました。
せめて、道行く人と同じレベルの外見になりたかったんです。
(客観的に見れば、それこそ”十人並み”で、周りに馴染んでいたと思うのですが)
 
今は、買わなくなったし、どんどん捨てています。
母の洗脳に気付いたことも大きかったと思います。
実はおしゃれは面倒で好きじゃないし、それでいいんだってことに気付いたのです。
やっと、自分流でいいって納得できたのかな。
 
 
手芸関係を買い集めるのはどうしてなんでしょうね。
もう少し掘り下げてみよう。