シンプルライフへの遠い道

心穏やかな暮らしを目指して奮闘中

毒親育ちを一言でまとめると

自分のこれまでの人生についても、よく分かりません。

自分は機能不全家庭で育ったと確信しているし、今の自分が抱える精神的な問題の根深さから判断して、「どこの家庭でも起こることがちょっと悪い方に偏っていただけ」とも思っていません。

過去を整理しようと、「毒親暴言集」よろしく、言われたことを書き連ねたこともありました。
時系列でまとめようとしたこともありました。
が、大抵途中で挫折しました。あまりにしんどくなったり、親への怒りや不快感が爆発したりで続けられませんでした。

幼いころのことは記憶がおぼろげで、確信がないことも多いので尚更です。
いいことも沢山あったのに、それは忘れてしまった(あるいは、今は親が嫌いだから封印している)だけかもしれない…と思ったり。


簡単にまとめると、私の育ちはこうなります。

自分の気持ち(満足や安心)を大事にしてもらえなかった
本心では(親の世間体を悪くしない程度の)不幸を願われていた
困った時には助けるんじゃなくて嘲笑され見捨てられた
親のメンタルフォローをさせられた

中流サラリーマン家庭、3人きょうだいの末っ子。母親は専業主婦(一時期和裁の内職をしていました)。

自分の気持ち・希望を尊重してもらった記憶がありません。豆ごはんが食べたいと言ったら作ってくれたとか、その程度のことはありますが、親が私が満足しているか、安心しているかを気にかけてくれていると感じて安心して過ごした記憶がありません。逆にいつも親を満足させるために生きてきた気がします。

辛い時に気持ちのケアをしてもらったことも殆どありません。

母親の子育ては、まるで家畜の飼育。
「食事を与えた・・・済」
「病気になったので、薬を与え、安静にさせた…
「20歳の時に娘に振袖を着せた…
「結婚披露宴の費用を負担して、結婚させた…
やったことのハンコ集めのような育て方で、子供が満足・安心しているかには無頓着。
そういう意味では、母親自身の為の子育てで、子供の為じゃなかったです。
多分、「子供たちが満足していたと思うか?その根拠は何か?」と聞いても、彼女には答えられないと思います。(父親はそれ以前)

父親はあまりに病み過ぎていて、私には言葉で表現することが出来ません。
ここにいるけど、ここにはいない。別の世界線の壊れた住人です。
精神障碍者の義兄の方がよほどコミュニケーションが取れます。
言葉を交わしてはいても、通じていない。彼の脳内会話が音声表現されているだけで、こちらの返事に反応があるわけじゃないから。それなのに、彼は「会話している」と思っている。彼も、そういう家庭で育って、会話とはこういうもの、と間違って身につけてしまったのでしょう。
彼を理解しようとすると、腹が立つのもありますが、こちらが混乱して精神病みそうになるので続けられません。多分、続けると本当に病むと思います。


親が私の不幸を願っていると思う言動は沢山ありました。本人には自覚はなかったようですが。

小学生の時、母親に、「今そこで、あんたの悪口を言いながら歩いている子たちがいたよ」となんだかうれしそうに言われた時は、どう解釈すればいいのか分からず戸惑いました。…当時はまだ、母親が私のことを大事に思ってくれていると自己暗示をかけていたので。

結婚する時も、「うまく行くはずないわ!」と母親に嘲笑されました。

体調を崩して行き詰っていると、「これこそお前がダメ人間な証拠だ」と言わんばかりに大喜びで両親に嘲けられました。

父親にも、どんなブスになるかと思っていたとか、カスな男と付き合うだろうと思ったとか、さんざん言われました。

「お前はこう思っているんだろう」と勝手に決めつけられ、一方的に嘲笑されることも多かったです。


何かあった時、親が守ってくれるとは幼いころから思っていませんでした。
幼いころはその現実は生死に関わるあまりに重いことなので、目をそらしていましたが…大人になって「困った時に親に相談すれば助けてくれると思っていましたか?」と自問すると、それに「Yes」と答えるのは、せいぜい小学校入学前までした。
内容が重くなればなるほど、親に言っても解決しないだけでなく、それをネタに親兄弟に嘲られて嫌な思いをするだけと学んでいました。幸い、親の気まぐれな支配下にあった家庭に比べると、学校のシステムは分かりやすく一貫性があったので、すぐに先生の気に入る良い子になって生き延びることができました。単に運が良かっただけです。学校にも居場所がなかったら…と思うと、恐ろしいです。
そういう恐ろしい境遇にいる子供たちが今でもたくさんいることを思うと、言葉もないです。



こうやってざっくり思い返すと、ずいぶん頑張って生き延びてきたな~と改めて思います。
もう一つ、がっかりを通り越して絶望するほど、親に私への愛情はなかった現実を突きつけられます。
自分のこととして思い出しても、何だかぼんやりしてしまうのですが、こういう境遇のわんこがいたら…と想像すると、あまりにハード過ぎて、「よく生き延びたね!」とハグしてあげたくなります。

以前は、こう思う事すらできなかったから、少しずつは自分の気持ちを楽にする方向に進んではいるようです。
そうは言っても、果てしなくしんどいんですが…。
あっちに進む方が気持ちが楽になりそうだ、と進行方向を定めるのはいいですが、進みが遅いとか、行きつ戻りつしているとか、そういう事で自分を責めて、自分でしんどくするのは止めよう。

もう、一生分、十分苦しんだ気がする。