あれこれ定義を引っ張り出してこなくても、私がイメージしているフラッシュバックそのものを体験していたのでした。 どれだけ自分のこととなると鈍いんだ、って話
私のフラッシュバックのイメージ
何かをきっかけにいきなり”その場にいるかのような感覚で”過去の記憶が蘇る体験
甥や姪が幼児だったころ、たまに親が預かっていました。
たまたま私も帰省してその場にいました。
記憶では姪がずぐった時に、父親が不機嫌になり悪態をつき始めました。
で、自分が3歳くらいの頃に、同じようにぐずった時に、「寝ぐずりよったい!」と憎々しげに父親に悪態をつかれ、あやしてももらえず、心がちぎれるような思いをした感覚が蘇ったことがありました。
このことは、この時まで忘れていました。
その時の実家での自分と父親の立ち位置、カーテンの色や質感、家具の配置なども、目の前にあるかのように、TVで見ているかのように、はっきり思い出したし、何より、あの時の自分の気持ちがリアルに蘇って、何とも言えない感じになりました。
これってフラッシュバックそのものだよな…。
「昔もそうだったなぁ」なんて距離感はありません。
証拠はありませんが、この思い出した記憶は事実です。
なぜなら、父親が孫をあやす姿を一度も見たことがないから。それなのに、ぐずる孫に悪態をつく場面は、記憶に自信があるエピソードだけでも2度あります。
父親は、ぐずる子供をあやす人間ではないということ。全くないとは言いませんが、まぁ、ないですね。
正直、父親に同じ思いをさせることが出来るなら、やり返したい欲望はあります。
そうする方法がないからやらないだけ。
そこに捉われても、自分の救いにはならないと分かっているから、こだわらないよう努力しているだけ。
自分の状態が一つ定義づけられたから、この件は良しとしよう。