シンプルライフへの遠い道

心穏やかな暮らしを目指して奮闘中

母親のプラスの思い出

私にとっての彼女像がはっきりしないので、視点を変えて、「私にとって楽しかったこと、嬉しかったこと」を整理してみました。
 
正直、すぐには思い出せないので、
「自分にプラスの影響があったこと」から・・・
 ・金銭管理 (自分の収入の範囲内で生活して、基本的に借金はしない。
          人からお金は借りない。もし、小銭などを借りた場合はすぐに返す。
          先の予定も考えて予算を組む・・・など。 堅実な生活は親から教わりました。)
 
 ・礼儀(借りた物は返す、きちんとお礼を言う、約束を守る、守れない時はお詫びして連絡する
        など・・・いい加減を嫌った母からいい影響を受けました。)
 
 
「楽しかったこと・嬉しかったこと」
 ・幼稚園の時、ビニールプールに水を張って、帰るとすぐ遊べるように、
                           水遊びの準備をしていてくれたことがあった。
 
 ・一緒にマドレーヌなどのお菓子を焼いた。(作り方を教えてくれた)
 
 ・料理や手芸で失敗しても、「やっているうちに上手になるから。」と慰めてくれた。
 
 ・一緒に楽しくTVを見たり、美術展を見にいったりしたこともあった。
 
18年も一緒に暮らしてきたのに、あまり思いつきません。
 
 
ああいう世話をしてもらって、ありがたかったな~と主婦になった今だからこそ思うことは沢山あります。
 私より余程マメに料理をして食事を用意してくれたし(父がうるさいから、ですが)
 制服のアイロンを暑い夏に毎日のようにかけてくれたり、
 一人暮らしのとき、食品を詰め合わせて送ってくれたり。
 
どうということはないけれど、やるとなると面倒なことをイロイロしてもらったな~とは思います。
 
こういうことをまとめて思い出すと、
こうやって手をかけてくれた母が、どうして思いやりを持って接してくれなかったんだろう、
                      私の気持ちはことごとく無視したんだろう、
 と理由が分からず、もやもやした、哀しい気持ちになります。
 
 
結局、
  母は私に自分の気持ちや希望があることなど全く思いもせず、
  単に自分がやりたいことを、自分が納得するようにやっていただけ
  その中には、私にとって「ありがたいお世話」や「楽しい思い出」もあっただけのこと。
  (もちろんないよりはいいけれど)
                                       という寂しい結論になります。 
 
逆に、私を思いやって、見守ってくれていたと(私の望む)母の愛を実感した出来事・・・
                                  が、今は思い出せません。
                                   (あんな父でも、2~3はあるのに)
 
私の体調が悪くて、母が背中をさすってくれたことがあったとしても
 (今の記憶にはありません。全くなかったとは思いにくいので、記憶から消しているのかも)、
 単に”そういう世話が必要な場面だから”そうしているだけで、
 私の苦痛が少しでも和らぐように、と願ってそうしてくれたわけではないことを
 私の魂は知っているのだと思います。
 
 なので、その場では嫌な思いもせず、楽しかったことでも、
 「私を喜ばせようとしてくれた。私は愛されて、見守られている。」
 とは思えなかったので、「楽しいこと」として記憶されていないのかな・・・
 
 今は母が嫌いなので、母のいい思い出を思い出すことも拒否しているのかもしれませんが。