シンプルライフへの遠い道

心穏やかな暮らしを目指して奮闘中

許し

             毒親を許せるか

         私にとっては、大きなテーマです。

    今言えるのは、あの人たちを許すことは出来ない!!
        一年前に、改めて思い知りました。


私の都合や気持ちは全く考慮せず予定を立てて、自分の言う通りにするのが当たり前と思っている母。

「中絶なんかしとらんやろうな」の暴言で、最後の絆を自ら断った父。

その後も、出来るだけ知らんぷりしているのに、義母が亡くなった時は、香典袋の書き方から、誰に連絡するか、通夜への参加の仕方まで干渉する母。

お悔やみの一言もない父(結局、父からはお悔やみの一言はないままです)

諦めと言うか、絶望と言うか・・・何なの、あなた達?
ずーっと冷たくしても、一度電話で時候の挨拶しただけで元に戻るんですね。


そんな人たちを許せるはずがない。許す必要もない。
そう思ってきたし、今もそう思っています。
あの人たちそのものを許す作業は、あの人たちが天に旅立ってからのこと。
新たな被害が発生しない、安全な状況にならないと無理です。


でも、子供の時のことは、少しだけ、許す・・・諦めと共に受け入れようとは思っています。

父はあの家庭で育ったなら、こうなっても仕方ないかな、とは思います。
父なりに、ACとしての苦しみはあるんだろうなぁ。

母は、あの父と結婚して、失望の連続からこうなったんだろうな、と分かります。
「結婚したら、夫婦一心同体だと思っていた」とかつて語った母。
”あの”父と一心同体?
ありえませんね。
だって、父は自分自身しか見ていないんだから。
モラハラ夫と暮らす苦痛は想像できます。
簡単に離婚できる状況でもなかったし。経済的にはちゃんと夫の勤めを果たしていた分、余計踏ん切りつかなかったでしょうし。
でも、ストレスはたまる・・・のが子供に向かったのでしょう。


子供のときのことは、自分でもはっきり思い出せない部分が多いこともあるし、時間も経っているので、少し冷静です。
苦しかった記憶が蘇ると、子供のときの自分が癒されていないのを感じます。
でも、加害者の親への怒りは小さい。
それより、自分の癒しに集中したい気持ちが大きいです。


現在進行形の状態は、
「親も年を取ったから、性格上も色々子供返りするのも仕方ない」
とは思えません!
年を取ってでてきた、と言うより、今までの様に言いなりにならなくなったら、彼らの本性が出てきた、というのが正しいから。
認知症の人が癇癪起すのを大目に見なくちゃいけないのとは違います。

許し、なかなか難しい問題です。