シンプルライフへの遠い道

心穏やかな暮らしを目指して奮闘中

依存症  信田さよ子著

まだ途中です。

アルコール依存症治療に関わってきた臨床心理士さんの本です。

アルコール依存症と言うと、四六時中酔っていて、”人間失格”状態をイメージする人が多いようですが、この本では、
 ”周囲の人が困る事態になっていたら依存症” という考え方が示されています。

酔って暴言を吐く、酔いつぶれて警察などに保護され、迎えに行くこと度々
二日酔いで仕事を休む、お酒のせいで体を壊してもやめられない・・・などでしょうか。

この中で、「父のことだ!!」と思ったところがありました。

---引用---

彼らは盛んに語り、話しかけ、頷いたりしている。しかしよく見てみると彼ら

の関心は自分にしか向いていないことがわかる。彼らは周囲の他者を使ってい

るだけなのだ。酔った感情の捌け口にだったり、自分の同調者としてであっ

て、決してコミュニケーションをとっているわけではない。このことは周囲の

人を、彼と交流したいと思っている人をいたく傷つけるものである。そこに関

係遮断による拒絶を感じるからであり、自分が手段として使われているという

感じを受けるからである。

---引用終わり---


そうなんです!!

父とは
  ねじれの関係だとか、
  自分が透明人間になった気がするとか、
  たとえ私のことが話題になっていても、私には関心がないと感じるとか、
 そんな感じでした。

例えば、父の日のプレゼントをあげて

   「ありがとう」

と言われても、本当は喜んでもいないし、気持ちが全く動いてはいないことがうすうす分かるので、嫌な感じでした。

母は、たとえプレゼントの内容が気に入らなくても、「気を遣ってプレゼントをくれた」ことを喜んでくれているのが分かるのですが、父は違います。

そう、自分にしか関心がないのです。

この手の人に接したことがない人にはイメージできないと思いますが・・・

街中で、(おそらく心の病のせいで)独り言をぶつぶつと普通の声でいい続けている人を見たことがないでしょうか。
他人に危害を加える危ない感じはしないけれど、自分の世界に入ってしまっていて、例え話しかけても、会話は成立するまい・・・と思わせる異様な雰囲気。
そんな人とコミュニケーションを取ろうと努力する虚しさ・・・
 
私が経験してきたことは、それに近い気がします。
困ったことに、その対象は家族であり、「普通の人」の仮面を被っているのです。

子供のときは、違和感を感じながらも、それが何なのかよく分からず、居心地の悪さだけが募りました。
自分のやり方がまずいので、父の気持ちを自分に向けることが出来ないのだろう、と思っていたようです。

表面的な言葉のやり取りはあっても、彼は自分にしか関心がないので、こちらは「越えがたい壁」や「拒絶のしるし」を見るのです。

親に拒絶され続けて育つとどうなるか・・・その一例が私。
この拒絶は、表面的には会話が成立するし、あからさまな罵り、暴力、馬鹿にした態度、無視、などではないので、やっている本人はもちろん、子供にも非常に分かりにくいです。

そのせいで、人が好意を示してくれても、素直に受け取れなくなってしまいました。

相手が私を利用しようとして、そんな事を言っている、 とか、
裏があるに違いない、とか、

そういう不信感を誰にでも持ってしまうわけではないです。

「口ではそう言っても、無意識には私のこと嫌いなんじゃないの?」

                           こんな感覚。



 あ~、やだやだ。
 やっぱりこなき爺とは接触したくない!!
 一種の病気なんですけど、本人が、何とかしたいと思わなければ、周りは被害を受けるだけ。彼を変えることなど出来ません。

 親不孝の罪悪感に苛まれようが、自分の心を守るために付き合いを絶つ!
 
 残念ながら、いつもこの結論です。