シンプルライフへの遠い道

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「親を捨てたら、いずれ自分も見捨てられる」という呪い

親を捨てたら、いずれ自分も見捨てられる(野垂れ死にする)という恐れは、未だにあります。

私に酷いことをしてきたから、あなたたちは私に絶縁されました。因果応報です。 

それなら、親を捨てたから、自分も同じ目に遭うのかな?と漠然と感じる時があります。
はっきり言って、ナンセンス!なのは、理性では分かっています。

”因果応報”で私を見捨てる”私の子ども”がこの世に一人もいないのだから、わが子に捨てられようがない。

「親を捨てたから」が理由で私を切り捨てる価値観の人と仲良く出来なくていいです。
お互い別の場所で自由にやりましょう。

私が親を捨てたことが一因で、姉や姪などの身内とこじれることはありえます。
でも、「私が親を捨てず世話をしたら、他の身内が自分を助けてくれる保障」は全くありません。
それどころか、「面倒なことはあの人に押し付ければいい」になって、適当に利用されて捨てられる、「毒親との関係再現」の可能性の方が高い気がしています。
そもそも、そこまで”血縁”に縋りつく自分の考えを何とかしようよ、と自分でも思います。
自分がされて嫌なことを、他人に期待してはいけません。



「親を満足させなければ、親に見捨てられて惨めに死ぬ」という呪われた思い込みの変形なんですよね…。

親を捨てた報いを受けるのかもしれないという考えが浮かんだから、「呪いが変形している」と気づこう。

「親を捨てた報い」とは、「自由で楽しい日々」のことです!