シンプルライフへの遠い道

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女性の引きこもり

今朝のテレビで女性の引きこもりの当事者会の話をやっていました。
これまでは「家事手伝い」「専業主婦」カテゴリーでカウントされて見過ごされてきた(社会から敢えて無視されてきた?)のだそうです。

自分もボーダーだから、引きこもり状態でいることに不安や苦痛を感じている人が仲間やサポートを得るのはとても大事だし、それが力になるのは想像できます。

私が何だか嫌だな、と感じたのは、女性ひきこもりがクローズアップされたり、そのサポートが少しでも始まりつつあることではなくて、「外に出て働くのがデフォルト」な前提を感じたことです。

義務教育だから、その年齢の子供たちはみんな小学校、中学校に通え! みたいな感じで、成人したら金銭労働するのが当然! な圧力、とでも申しましょうか。

老親の世話は、どういう間接的な形にしろ、子供がやるのが当然だ、という見えざる圧力にもうんざりしつくしているし、「金銭労働してなんぼ」な価値観がはびこっているのにも圧迫感を感じてきました。
「外で働くのが当然という価値観」が更に広く深く広がることで、逆に引きこもっている人が、「居場所がない、自分は生きている価値もない」な考えに侵食されなければいいな、自分もさらに気を付けないとな、と思いました。

番組では、引きこもりになっていること自体を自己責任だと責めるような論調はなくて、それにはほっとしましたが、「男女関係なく、それぞれの個人が経済的に自立するのが正義」という考えへの同調圧力が高まらないようにと祈るばかりです。

じゃあ、社会に馴染めない人は「生活保護」などで、自分たちの稼ぎで養えってことか!!と怒り出す人が一定数いますが、そういう事とは別の問題です。社会福祉の負担金分担で考えれば、経済的に自立できる人の割合が高まることには私も賛成です。

何かの事情(自身や家族の病気や、子育て中だとか、どうしても条件の合う仕事が見つからないとか)で、金銭労働していない人が、「自分の居場所がないなぁ」と肩身の狭い思いをせずに、堂々としていられる社会になってほしいと思うのです。多数派の人は、どうも、こういう「見えない圧力」から来る苦しみは「気にしなければいいだけでしょ」と切り捨てて、無意識のうちに他人を追い込んでいることに無自覚なことが多い気がします。