著者は
「自分が自分を大切にするように、他人も自分を大切に思っている。それを許容できることだ」
「健全なる他者性」 と言っています。
なるほど。
自分に健全な自己愛があるかを検証するには、「お互い信頼しあって、何でも話せる友人がいるかどうか」が一つの指標になるそうです。この基準で言うなら、まぁ、大丈夫かな?
毒親問題でぐるぐる考えて、「自他の境界線」に注意するようになったことは、私の「自己愛健全化」にはプラスみたいです。
マズローの欲求段階説では、承認欲求の上が自己実現欲求なのですが、自己実現を目指さないなら、承認欲求が最上の「充足を目指す欲求」になるわけで、最近の「SNS映え」にこだわる人が増えているという説(私個人は若い人との付き合いもないし、SNSもやらないせいか、全く実感はないのですが・・・)はこの証拠なのか・・・と妙に納得しました。
他人にOK出してもらうことが優先順位の上位に来ると、生きづらさが増すだろうに・・・。
私は精神的に不健康で歪んだ親を満足させて、褒められたり、存在を受け入れてもらうために、長年頑張って疲れ果ててしまったので、余計そう感じます。
私にとっては、自己満足を追求するほうが、楽で、現実的で、満足度が高いです。
斉藤環さんは、自己愛のゆがみを修復するには「よき他者との出会いの機会を出来るだけたくさん作りましょう」と言っていて、「またこれか・・・」と引きこもり主婦な自分はため息でした。ほとんどの心の問題は、「他人とのつながりが大切」に集約されていくので、人付き合いが苦手な私には重荷です。
が、この「他者」は「良書」でもOKとのことで、ほっとしました。
読書なら一人でできますから。
しかし、「健全な自己愛」を持っていて、己の嫉妬のマネジメントがそこそこ出来ている人は、いったいどのくらいいるのでしょうか? 知りたいです。