シンプルライフへの遠い道

心穏やかな暮らしを目指して奮闘中

同じ道を行く仲間

傾聴のセミナーで、また毒親問題の仲間が見つかって、嬉しい誤算です。

昨日組んだ方も、親との関係に悩んでいるそうです。
私が先に親子関係の悩みを話したら、実は・・・と語ってくださいました。

子供の時から、口答えしたり、自己主張したりできる家庭の雰囲気でなく、自分を抑圧して「いい子」できたそうです。
今は両親は90代で衰えてもいるし、長年の経験で、どう話そうが、自分の望むコミュニケーションはとれないと分かっているから、親に適当に話を合わせてはいるけれど、ストレスだそうです。それで、上手く自分の気持ちを和らげるコミュニケーション術がないかな・・・というのもこのセミナーを受けることにした理由の一つだとか。

私がこの方に、「こうすると私は上手くいきましたよ!」という話が出来るわけもなく、その逆もなく、ただ二人で、「毒親あるある話」をして盛り上がり、ガス抜きして終わり・・・と言えば、それまでですが、日常生活で、毒親話を批判や説教なく聞いてもらえる場はないので、「安心して話せる」ことの大きさを感じました。
このセミナーの実習は「傾聴の練習」なので、相手は自分の価値観と違う!と思っても、批判や説教はしない、のです。


それにしても、親子関係とその後遺症で悩む人のなんと多いことか・・・。
まだお話したことがない方もいますし、男性は弱みを見せたがらないので、たとえそうでもご自分から話すことはないかな…と思いますが、それでも、分かっただけでも私を含め、4割がそうでした。


仲間と話せてうれしかったり、この年になっても親のことでぐちぐち言って・・・と思ったりしなくていいんだ、と思えたのは収穫ですが、逆に、死別後にゆっくり気持ちの再整理をした後でないと、本当の平安には近づくのは難しいのかな・・・とも思って、微妙な気持ちにもなりました。
相手が生きている限り、新しい事件が起こりますからね…。本当に縁を切って、相手の情報が全く入らない関係には出来ないのが親子関係のしんどいところです。自分の居場所が分からないようにして縁を切っても、親が無縁仏になったりすれば、行政から連絡が入ったり、はありますし。

それに、死別すればスッキリする保証もなく・・・逆に悩みは深まる一方なのに、相手はこの世にいないので、直接話せない、というドツボにはまる危険も大きいです。今は、これも自分の選択の結果と引き受ける覚悟だけはしていますが、実際にそうなったらどうなるかは分かりません。
それに、自分が先に死ぬこともあるので、その場合は、スッキリしないまま生を終える、ということに・・・。

自分がACだということ、毒親との関係は、私の人生の課題のままです。
この件も、流れに任せつつ、ゆる~くいこう。