シンプルライフへの遠い道

心穏やかな暮らしを目指して奮闘中

捨て子ごっこ  永山則夫著

連続殺人事件を起こして死刑になった人(永山則夫)の自伝小説。
TVで、永山則夫精神鑑定関連の番組を見て、興味を持ち読みました。
 
2編載っていて、
一つは、
5歳の時、兄弟のうちの3人(中学生の姉と小学生の兄二人)と一緒に、DV夫から逃れて、実家戻った母親(幼い子供と子守要員の娘一人は連れて行った)に置き去りにされ、4人で生き延びようとした日々の話。
主人公N は、5歳だったため、稼げるわけもなく、生活が困窮するにつれてお荷物になり、ついには兄弟にも捨てられる(真冬の橋に置き去りにされる)ところで話が終わっている。
 
もう一遍は、中学時代の話。
文字通り野垂れ死にした父親の死に顔の写真にショックを受けたり、母親には反感と憎しみを感じている様子や、不登校だったり、友達もほとんどおらず、ただ走っていた様子など・・・
 
 
貧しさから気持ちが荒む人間の姿が見えて、切なくなりました。
 
居場所のない孤独感とか、全体のベースにある愛情飢餓感とか、シンクロするものもあって、重い話でした。
 
服役中に、母親を許したのか、印税収入の一部を母親に送っていたそうです。
自分を置き去りにした母親を許したのかな・・・?
未だに自分の親を許せない私としては、とても興味のあるところです。
 
私は、「あの人たちには、あの人たちの大変さや思いがあったのは分かるし、あれがあの人たちの精一杯だったのだろう。」と理解するところで止まっています。
「だからと言って、(特に私が大人になってからもずっと)嘲ったり、好きに利用したりしていいことにはならない!だから許せない!」が続いています。
 
毒親を自分のために許しましょう、と言う人(本)に接するたびに、凄く居心地の悪い思いをしています。
 
なので、もし、本当に、私のイメージする”赦し”の域にNが達していたのなら、どうやってそこに辿り着いたのか知りたいです。