シンプルライフへの遠い道

心穏やかな暮らしを目指して奮闘中

否認の仕組み

親は、子どもの時から、
 
         困った時は親に相談しなさい。
 
と言っていましたが、実際には、
  ・お前の対応が悪い
  ・甘えに過ぎない
  ・黙殺
で終わり、もよくありました。
 
話を聞いてくれるときもあったので、親に拒絶される時は、親の言葉通り、自分が悪いのだと思っていました。
 
今思えば、対応が面倒な時は、すかさず「否認スイッチ」を入れて、
「些細なことで大騒ぎしているだけ」にしていた気がします。
 
罪悪感を免れる為なんだろうな~
  本人達は、「子ども達を愛するいい親」でいたいのに、
  子どもの話に対応するのがいやな時もあれば、
  どうやら面倒な話になりそうだぞ、というときもある。
 そういう時、「私は完璧な親じゃないから、その件には今対応で来ません。」と
 認めることも出来ない。
  罪悪感を感じたくないから、問題そのものがないことにするのです!
 
 
例えば、道を歩いていて、血を流して倒れている人がいたとする。
救急車を呼んだほうがいいとは思うけど、
   急ぎの用事があって時間を取られたくなかったり、
   面倒に巻き込まれたくないから関わりたくない場合もある。
でも、「無視して通り過ぎた」時、自分が対応しなかったせいで、あの人は死んだかもしれない、という罪悪感が湧いてきます。
 
私の親の場合は、すかさず事実を捻じ曲げて、
「ホームレスか酔っ払いが道端で寝ている。」
ことにして、無視して通り過ぎる。
この事実のすりかえは、無意識のうちに、速やかに行われるので、本人も、事実を捻じ曲げたことに気付いていない。
”道端で勝手に寝ている人”を放置するのには、罪悪感を感じなくていい。
 
この手の[事実の捻じ曲げ・否認]をいつも使っていたのでは? と思います。
あくまで、私の推測ですが。
 
どうして、こちらの訴えをまともに取り合ってくれず、
嘲笑したり、子どものせいにしてしまんだろう・・・と思ってきましたが、
こういう風に「否認の自動スイッチ」を無意識にいいれる自己防衛システムがあるんですね・・・
納得。