子供のとき、幾つか習い事をしました。
それも、親の愛情(少なくともお金をかけてくれた)と思っていました。
これも、よく思い出すと微妙。親のリベンジを子供たちがしていただけ?
・楽器・・・母が音痴だったから
・習字・・・両親が字が下手で苦労したから(当時はパソコンもなく、
手書きの為、仕事でも恥ずかしい思いをしていたらしい)
・水泳・・・母が泳げなかったから
なんだ、自分たちが気になっているところの補強の為ですか。
子供の習い事ってこうなんだろうけど。
私は運動が苦手なので、子供がいたら「体操教室」とか入れていただろうな。
手芸が好きなので、「いっしょにやる?」と誘っているだろうし。
焼き物・・・土曜午後、どこぞのセンターに行っていました。
母は内職の仕事があったので、子供が家にいない方が良かった
らしいです。
英語・・・兄は中学になると英語の塾に行ったのに、兄が英語塾を気に
入らず続かなかったので、妹達には選択の機会は与えられず。
私は代わりにラジオ英会話を聞くことに。
結局、これが途切れながらも今まで続いていて、最低限の旅行会話力を
キープしているので、結果的には親の判断が正しかった・・・?
これも姉と私には行くかどうかの選択権もないのは気に入らなかった
です。
楽器~姉は中学に入る時にやめて、部活に。
私は部活に入る気はなかったし、入らなかったので、
続けても良かったのですが、私の意思確認もなく辞めさせられました。
(「辞めるよね?」という聞き方だった気がする)
親に抵抗するほど好きだったわけではないので、まぁいいのですが、
「部活で忙しくなるから」姉は辞めたけど、部活に入らず暇な私は???
実際にはレッスン料が高く、これから教育費がかさむのに続けさせられな
い、というのが親の本音だったのは当時も分かっていました。
子供心に、
「経済的な理由とはっきり言ってくれればいいのに、
それを隠して強引に辞めさせるって何?」
と思いました。
「不真面目ながらも続けてきた私の気持ちは
ちゃんと聞いてくれないんだ。」
わだかまりだけが残りました。
バレエ~運動が苦手で、おでぶだったからこそ憧れた習い事
これは「お金がかかる。あんたには無理」で却下。
大学進学も、ちゃんとお金を出してくれてありがたいと思っていますが、
両親とも自分達は大学に行かせてもらえなかったのに、末の兄弟だけ大学に行ったことを恨んでいたからだと思います。
大学に行けなかった事より、末っ子だけ行ったことの方がイヤだったようです。(その不快感はよく分かります)
兄弟間で、教育や投資で差はつけないと小さいときから聞かされていました。
両親にとっては、自分たちが結果的に差別待遇だったことが許せなかったのでしょう。でも、祖父母も苦労していたことも知っているので、おおっぴらに文句も言えない。
それが変化してこのモットーになったようです。
お金かけてイロイロさせてくれた・・・は確かですが、習い事に関しては、両親に代わってリベンジさせられていただけのようで。
子供のとき、私は本当は何をやりたかったのかな~~
親の力って怖いですね。
子供のとき、他の選択肢があるなんて思っていませんでした。
割とその気になって通っていた自分が怖い。
バレエは確かにお金がかかるので、我が家には無理なのは分かりました。
でも、水泳(私が行ったのは夏休みだけの短期教室)、剣道(兄が通った)、そろばんなど、友達が通っていたお手頃価格の習い事は幾つもあったんですよね~
小学生になって、習い事をする年頃になっ時には、(お金がかかることは特に)、自分の興味を主張する~なんて選択肢を失くしていたようです。
バレエは「習いたい!」と言ったのではなく、さりげなく話題にしたら一蹴されたので、二度と自分がやりたいとは口にしませんでした。
自分からやるようになった、とはっきり言える事~手芸かな。
母が和裁の内職をしていたので、3,4才の時からはぎれを縫って遊んでいました。ですが、別に母から仕向けられたわけでもないのに、人形作ったり、編み物したり、刺繍したり・・・色々やっていました。
今になると良く分かります。
手芸をしている時は、一人没頭できるし、文句や批判を受けることもない。
完成すればそれなりに褒めてもらえる。
親も、手芸中は静かなので良かったのでしょう。
母から道具をもらったりした記憶があります。
手芸は現実逃避の手段でもありますが、性に合っているようです。