シンプルライフへの遠い道

心穏やかな暮らしを目指して奮闘中

定年バカ 勢古浩爾著

執筆時70歳の著者(男性)が、定年後について騒ぐ世のあれこれについて持論を語った本。

 

老い先の心配にすぐ囚われてしまうので、一刀両断してもらえば、多少は気楽になれるかも、と読んでみました。

かなりほっとしたかも。

著者の言う通り、世の中にある定年前後のあれこれ指南本では、健康、生きがい、お金、地域参加、お墓などの終活・・・など、「こうしましょう!」と提案・例示はあるものの、上っ面感も拭えない。

人とのつながりが大事と理解は出来ても自分には難しいとか、「それが出来れば苦労しませんよ」なことも多く、余計迷ったり、自分がダメなのか?という気になったりしていましたが、著者は、「出来ない、やりたくないんだから、しょうがないでしょ」と開き直っていて、それが多くの一般人の気持ちなんだろうな、こんな自分でもいいのかな、と思えました。

 

 

老後資金心配に囚われている私にはお金の話が響きました。

そうそう、不安になってもお金が増えるわけでもなし、投資はリスクが大きすぎるので、結局は自分の資産状況でやっていくしかない。著者は、住宅ローンを完済して家があることは自分にとって重要だそうです。住居費が低ければ、年金内でのやりくりのめども立つし、路上生活になる心配もない(と思える)ので、安心が違うようです。

我が家の場合、賃貸だからなぁ。

でも、この安心感のために家を買う気にもなれないので、我が家のスタイルで行くしかないです。

 

定年後の数十年が一度にやってくるのではなく、あるのは一日一日だ、というのはそうだな、だからその時に、その時の問題と向き合うしかないよな、と改めて確認できました。

 

著者が唯一「定年後の達人」と言っている渡辺格(わたなべただし)さんの言葉は、今の自分の気持ちが言語化されていました。

自分の後半生を支えてくれたのは、「園芸、釣り、犬」で、「私は定年後の人生をまんきつした。最愛の犬も旅立ってしまった。そして、これ以上生きても、今までやったことの繰り返しに過ぎないことが判っているから、もういつ死んでも悔いはない」

 

そう、この「今までやったことの繰り返しに過ぎないことが判っている」って、言い得て妙。

先代犬が亡くなって、以前大好きだった旅行(国内、海外)に出てみたり、乗馬をやったりしました。行きそびれていた場所に行ってみたり、食べてみたり。楽しいのは楽しいけれど、以前のような気持ちの高ぶりや新鮮さはなく、”今までやったことの繰り返しに過ぎない”ことを否定できませんでした。

これが年を取るということなのかな・・・。全く別のことを始めれば新鮮かもしれませんが、それでも20歳前後に味わった興奮は味わえないでしょう。

今またわんこを迎えて、日々楽しいけれど、「全てが初めての体験」だった先代犬の時とはまた違います。3頭目になったら、大筋は「繰り返しに過ぎない」になるのだろうか? わんこは私にとっては特別なので、たとえそうでも、その中でも違うこと、同じことを楽しめるとは思いますが、他の事ではどうかな・・・。

以前のように旅行熱が高まらない理由が分かった気がします。