シンプルライフへの遠い道

心穏やかな暮らしを目指して奮闘中

やっと「嫌だと思っていい」に落ち着いた

知り合いに格下げと言いながら、嫌だと思っていいのだろうか?とも思っていた件、やっと、「嫌だでいいんだ」に収束しました。

 

時々会うある人に、気づいたときはいつも自分から挨拶しているけど、向こうは無視して、挨拶を返してくることはない。

向こうが話したいことがあって気が向いたときは、日頃からにこやかにあいさつを交わしている仲であるかのように親しげに話しかけてきて、こちらが愛想よく答えるものだと思っている(としか思えない態度でいる)。

 

こういう人がいたとしたら、どうなの?(私の父親はまさしくこれ)

自分から挨拶するのは止めるし、向こうから話しかけられても、「はぁ」と気のない相槌でも打ってその場から去るな・・・。

 

このたとえをふと思いついて、「嫌だでいいんだ」に落ち着きました。 

無視されても、自分から挨拶を続けて、相手の気持ちを溶かしたお坊さんの話をどこかで読んだことがありますが、私はそういう域は目指していません。

 

 

 

もう一つ、もうだめなんだな、と改めて自覚したのが、相手に聞いてほしいことや、メールで知らせたいことがなくなったことです。

何か知らせてもどうせ反応がないと思うと、書く気も失せました。

お互いいい刺激や心地よさがあってこその友人関係。それがなくなれば、関係が消滅するのが自然の流れです。

 

 長年の付き合いだったから、こういう結論になってしまったのは寂しいけど、仕方ない。もう限界を超えてしまったから、戻れない。

私は限界超えても、しばらくは我慢するけど(自覚できないから、そうなってしまう)、一度自覚して、本当に「ダメだ」になったら、修復は不可能です。

気づいたときにはマイナスに振り切れて、砕け散っているので、修繕できないのです。

これまでの親しさは何だったの?というくらい、ばっさり切り捨ててしまいます。

もう少し前に気づいて、サインを出すなり、休憩するなり出来ればいいのですが、今のACな私にはまだ無理です。

 

わんこに会いに来る話を白紙にするのは、

「わんちゃんの件は、気にしなくていいよ。

いつでもいいです。

今は、異常に暑いし、体力も続かないよね。」

と返事が来て、キャンセルの合意が取れたので、気がかりもなくなりました。